てぃーだブログ › 沖縄県民のみなさんへ › 今こそ立ち上がろう! › 兼次 映利加 最後の1人を救うまで
朝鮮売春婦 慰安婦 マスゴミ

2013年05月22日

兼次 映利加 最後の1人を救うまで

八重山日報
最後の1人を救うまで 兼次 映利加

兼次 映利加 最後の1人を救うまで

2013年5月 · 在京ol悲しみの日

「風は波を誘(いざな)い 波は寄せては返し 今日の希(ねが)いを 彼方へと運ぶ あなたが故郷(ふるさと)を 忘れていないように 私たちもあなたを 片時も忘れない だからどうか強く生き抜いて きっと救け出すから」

これは北朝鮮による拉致被害者家族のために、ある支援者男性がつくった「あなたを忘れない」という歌の歌詞です。

今回はわたしが学生の頃からボランティアで支援をしてきた、拉致問題について書いてみたいと思います。

現在政府認定拉致被害者の数は17人(うち5人は帰国)となっています。そして昨年警察庁が公開したデータによると、北朝鮮に拉致された可能性が否定できない特定失踪者数は、868人(現在は864人)にのぼることがわかりました。この900人にも及ぶ方々にもそれぞれご家族がおられ、今も再会の希望を胸に日々を過ごしておられます。

今から36年前の昭和52年11月15日の夕方、当時13歳の横田めぐみさんは、通っていた中学でのバドミントンの部活動を終えて帰宅する途中で拉致されました。

増元るみ子さんの弟の照明さんは、お姉様が突然姿を消す直前に姉弟げんかをしたそうです。とうとう仲直りができないまま、35年の月日が経ってしまいました。

1976年、金正日は工作員育成・養成のため、外国人を積極的に拉致する指令をだしました。日本だけでなく、韓国、中国、タイ、シンガポール等のアジア諸国、そしてアメリカ、フランス、イタリア、オランダ、レバノン、ルーマニア等の欧米諸国少なくとも14カ国が拉致の被害に遭っています。世界各国から、特に若者や子どもが拉致される事例が多かったのだそうです。

北朝鮮による拉致というのは、特定の誰かを狙った犯罪であったとは限りません。

あのとき、力ずくで無理矢理袋詰めにされ、真っ暗な闇のなか工作船で日本海を渡らなければならなかったのは、もしかしたら今ここにいるあなたや、あなたの愛する人だったかもしれないのです。

彼の地に暮らす全ての日本人拉致被害者は、わたしたちと同じ「日本国家」という大きな家の、家族の一員です。わたしたちは大事な家族を不当に奪われ、それを知っていながら何十年もかけて、未だに取り戻すことができないでいます。この間に得たのは数百名のうちのたった5人と、偽の遺骨、そして十分な裏付けのない資料だけでした。

わたしたちは故郷を忘れて、生きていくことができるでしょうか。親を忘れて、生きていける人がいるでしょうか。幼い我が子と引き離されて幸せのうちに生きていけるお母さんが、いるでしょうか。

多くの方が、「拉致問題の解決は難しい」と感じていることと思います。けれども相手は国家をあげて略奪を続けてきたのです。日本も国家が総力をあげて立ち向かわねばなりません。わずかな政治家の力だけでは不十分です。残された家族の心を支えるのは、全国に住む全ての日本人です。そして拉致問題に対し前向きに取り組むことができる政治家を選んでいくということは、遠く離れたわたしたちにできる大きな支援です。

11年前に5人とその家族が帰還したことは大きな進展でした。しかしいつまでもこの一点に満足してはおれません。北朝鮮にいる拉致被害者の、最後の一人を救い出すまで、静かな戦いは続くのです。(東京都)



兼次 映利加 最後の1人を救うまで



兼次さんという方、ボランティアなどもされていらっしゃるんですね。

やはり、実際に動いていらっしゃる方の言葉は重いですね。


私は、安倍政権のうちに、必ずや進展があると信じています。


5人の拉致被害者を救出するまでどのような経緯があったのか
知らない方もいらっしゃると思いますので引用させていただきます。
長文ですが、ぜひ、お読みになって下さい。

これを知れば、安倍さんを更に応援したくなりますし
日本での拉致被害者への関心がまた高まっていくと信じていますし
高めないといけないと思っています。

北朝鮮が一番喜ぶのは、日本人の無関心です。


以下引用↓

①拉致被害者の帰国~小泉内閣の官房長官~

安倍晋三は小泉内閣時に官房副長官・官房長官を務めた。小泉元総理が爆発的な人気を得たのは、何と言っても拉致被害者の帰国があったというのも大きいと思う。当時の僕はテレビを見ながら、小泉元総理こそが「拉致被害者を帰国させたヒーロー」なのだと勝手に思っていたのだが、どうやら事実はちょっと違うらしい。

安倍晋三は、国会議員になる前から拉致問題に取り組んでいた。安倍晋三が拉致問題と関わるようになったのは、自民党幹事長であった父・安倍晋太郎の秘書をしていた1988年だった。娘が北朝鮮に拉致されているという情報を得た有本夫妻が、助けて欲しいと訪れたのに応対したことから話は始まる。父の晋太郎は、当時秘書だった次男の安倍晋三に夫妻を外務省と警察庁に案内するよう命じ、夫妻は事の次第を外務省・警察庁に伝えることができた。

1997年、亡き父のあとを継いで衆議院議員となっていた安倍晋三は「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)の発足を支援した。4月には「北朝鮮拉致疑惑日本人支援議員連盟」が設立され、1回生議員ながら事務局次長に就任。10月、日本政府が北朝鮮に対し、約33億円のコメ支援を行う方針を固めると、安倍は大反対し、小渕恵三・外相に家族会を会わせようと動き、実現。さらに「日朝問題小委員会」の事務局長に就任。1999年2月には石破茂、山本一太ら、超党派議員とともに「北朝鮮に対する戦略的外交を考える会」を結成。2002年3月、小泉内閣で官房副長官に就任し「拉致疑惑に関するプロジェクトチーム」を発足。さらに4月には衆議院と参議院で「拉致疑惑の早期解決を求める決議」が採択された。

安倍晋三のこのような行動は、北朝鮮を訪問して国交正常化を図ろうとする議員に煙たがられたが「日本人拉致疑惑をうやむやにして、国交正常化などすべきではない」などとはねのけた。

2002年、アメリカはイラン・イラクと共に北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んでいた。反発した金正日だったが、このままではいつアメリカの矛先が北朝鮮に向くかわからないと思い悩み、米国と同盟関係にある日本との関係改善を狙った。「北朝鮮が日本にすがってきた。それをとらえて、小泉純一郎首相が訪朝に持っていった。日朝首脳会談でも、金総書記はわれわれに対し、米国との関係について相当訴えていた」と安倍晋三は証言している。

実はこの時、日本側は訪朝の目的を「拉致被害者の救出」というよりは「北朝鮮との国交正常化」だと考えていた。

「拉致問題で何人が帰ってくるこないということではない。そういうことがあればハッピーだが、それよりまず国交正常化に対する扉を開くことに大きな意義がある」これは古川貞二郎官房副長官が記者会見で語った言葉だ。また、槙田邦彦アジア局長は「拉致されたたった十人のことで日朝国交正常化がとまってもいいのか、拉致にこだわり国交正常化がうまくいかないのは国益に反する」と言い、小泉元総理さえもが国交正常化に前のめりであったと言われている。

人脈を活かし、北朝鮮との会談をセットしたのは外務省の田中均アジア大洋州局長だった。北朝鮮の「ミスターX」といわれる軍関係の実力者と水面下で交渉し、会談が実現した。どうやらこの時、日本は多額のカネを北朝鮮に支援することを決めたとされている。

官房副長官である安倍晋三が訪朝を知らされたのは、8月30日の報道発表の直前になってからだった。長年拉致問題に取り組み「拉致被害者の救出」を重視していた安倍晋三は、「国交正常化」を求める外務省や議員に煙たがられ、日朝交渉のラインから完全に外されていたからだ。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120920/plc12092009570008-n1.htm



【2002年9月17日、日朝首脳会談】

安倍晋三は小泉元総理に同行して北朝鮮を訪れるが、田中均アジア大洋州局長から『日朝平壌宣言』を見せられたのは行きの飛行機の中だったという。

安倍晋三は平壌宣言に「拉致」が明示されていないことを初めて知り、「それはおかしい」と異を唱えたが、すでにどうしようもなかった。

平壌に到着し、北朝鮮側から「5人生存8人死亡、1人未入国」と聞かされ日本側は大変なショックを受けた。もっともこれは、死亡時期より後に横田めぐみさんが目撃されていることから、北朝鮮の嘘とデタラメの調査であるとわかるのは先の話。

重たい空気。長い沈黙が続いたそうだ。

その時、安倍晋三は「厳しく抗議してください!」と小泉元総理に進言する。

会談で金正日からは「近くて遠い国から近くて近い国にしたい」と言われ、小泉元総理は「8人死亡は大変ショック、強く抗議する」と訴えたが、謝罪の言葉は得られなかった。



昼食の時間、日本側は念のため日本からおにぎりを持参していた。

安倍晋三は控え室で盗聴されている可能性を意識して、「拉致したという白状と謝罪がないのなら、調印は考え直した方がいいのでは。今すぐ帰りましょう!」と大声で怒鳴った。


この安倍晋三の言葉を、北朝鮮は実際に盗聴していたと、脱北した元工作員・張哲賢氏が証言している。

そしてこれが決め手となって、午後の会談で金正日は「拉致」の事実を認め、謝罪したのである。

兼次 映利加 最後の1人を救うまで
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120918/plc12091807580012-n2.htm



10月15日、生存とされた拉致被害者5人が一時帰国する。

兼次 映利加 最後の1人を救うまで


一時帰国なので、また北朝鮮に戻すという前提での帰国であった。安倍晋三は田中アジア大洋州局長と激突する。安倍晋三と中山恭子は、北朝鮮に戻してしまえば、二度とまた日本の地を踏めないかもしれないと考えた。そして拉致被害者本人に、日本に残りたいか、北朝鮮に戻りたいかを聞き取りする。すると5人とも日本に残りたいと言うので、5人を北朝鮮に戻さないように求めた。

「5人を返さないよう、考えなおしてくれ」と安倍晋三が言うと、田中は 「それは困る。わたしと先方(ミスターX)との信頼関係はどうなるのか」と食い下がった。

安倍晋三は一気にたたみかけた。
「田中さん、5人の帰国はあなたの信頼関係のおかげかもしれないが、外務省が日本に残ることを希望している5人を勝手に連れ出すわけにはいかないでしょう」

中山恭子は
「局長、貴方がやっているのは外交ではない。北朝鮮へのお願いだ。外交官なら、お願いをやめて外交をやりなさい」と言ったという。

田中は怒りに顔を赤く染め、口を結んだ。帰国させる派だった福田康夫官房長官も安倍の意見に怒り、机をたたいて激昂したとの話もある。安倍はそれでも「正論は正論だ」と言い続けた。

この頃、国民は北朝鮮への怒りで沸騰していた。

「それでいこう」
小泉元総理は、安倍の案にのった。

かくして5人の一時帰国は、永久帰国になったのである。


ところがこれは、・・・・

続きを読む‥


続きもありますので、お時間ありましたら読まれてください。

もうほんと怒りがこみあげてきますよ!
お前らほんとに日本の政治家か!!
と怒鳴りちらしてやりたいくらいです。

自民党内部にも、北朝鮮のスパイみたいなものがいるから
こんなの国民の税金で雇う必要なんかないんだから、クビにしてほしい。
この連中がこの問題の解決を遅らせているといっても過言じゃないからね。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 マスゴミマスゴミ
同じカテゴリー(今こそ立ち上がろう!)の記事

Posted by 沖縄大好き! at 18:10 │今こそ立ち上がろう!